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1942年10月25日東京生まれ。
9歳よりトランペットをはじめ、13歳の頃には米軍キャンプのダンスバンドで活動を始める。1967年の初リーダーアルバムをリリース以降、マスコミに”ヒノテル・ブーム”と騒がれるほどの注目を集め、国内外のツアーやフェスティバルへの出演をはじめ、雑誌の表紙を飾るなどファッショナブルなミュージシャンとして多方面で活躍。1975年、NYへ渡り居をかまえ、数多くのミュージシャンと活動を共にする。その後もヒットアルバムを連発、CM出演など多数。1989年にはジャズの名門レーベル“ブルーノート”と日本人初の契約アーティストとなる。90年以降、「アジアを一つに」という自身の夢のもと、アジア各国での活動を増やしていく。2001年芸術選奨 「文部科学大臣賞」受賞。2004年紫綬褒章、文化庁芸術祭「レコード部門 優秀賞」、毎日映画コンクール「音楽賞」受賞。また近年はチャリティー活動や後進の指導にも情熱を注ぎ、個展や画集の出版など絵画の分野でも活躍が著しい。唯一無二のオリジナリティと芸術性の高さを誇る日本を代表する国際的アーティストである。

1982年東京都生まれ
20歳の時に独学でギターをはじめ、都内各所のセッションで腕を磨く。23歳の時、NYに半年滞在し、ジャムセッション、ライブで腕を磨く。帰国後、鈴木勲、日野皓正、中牟礼貞則、川嶋哲郎、是安則克などと共演。現在は鈴木勲 OMA SOUND、日野皓正 h factor、Thelonious Monk Project、SHELTERなど、多数のセッションで関東近郊ライブハウスに出演している。

1963年10月1日川崎市に生まれる。
大阪音楽大学作曲家在学中、ビル・エバンスを聞き衝撃を受け、ピアニストを志す。卒業後、関西で活動を始め、国内外のミュージシャンとの数々のセッションを経て、91年拠点を東京へ移す。98年より日野皓正(tp)クインテットに参加し、故日野元彦(ds)からも多大な影響を受ける。その他にも数多くのミュージシャンと演奏活動を共にし現在に至る。2001年には、俵山昌之(b)、江藤良人(ds)からなるオリジナルトリオで初リーダーアルバム「Voices in The Night」(EWE)を発表、その後もアルバムのリリースやライブ活動と精力的な活動を続けている。
その幅広い音楽性は、聴く者に多面的な印象すら与えるが、常にその根源にあるものは、音楽に対する真摯な姿勢と、溢れんばかりのしなやかな生命力である。それらが特有の豊かな表現力と優れたバランス感覚によって芸術へと昇華され、多くの人々を魅了している。

1968年11月6日、千葉県船橋市生まれ。
高校時代よりエレキベースをはじめる。が・・・叔父の影響でジャズに興味を抱き、ウッドベースをはじめる。1988年高校卒業後、アメリカのBerklee College of Music に留学。1993年卒業後、ニューヨークに渡り様々なセッションを重ねる。1995年に帰国。
帰国後は諸先輩方にめぐまれ、後の KAIMA の母体となる岡ばんどに参加。
そして、大坂昌彦、大西順子、秋山一将、東原力哉、原朋直、山田譲、綾戸智絵等と共演。傍ら、Monday 満ちる、Calm、Kyoto Jazz Massive 等とのライブまたはレコーディングに参加する一方、KAIMA、菊池雅章、ケイ赤城などのライブ、レコーディングに参加し、精力的に活動している。

1992年生まれ、札幌出身。
2002~2006年まで札幌ジュニアジャズスクールに在籍し本格的にドラムを演奏し始め、その間Herbie Hancock(p)氏、日野皓正(tp)氏、タイガー大越(tp)氏に出会い多大な影響を受ける。2004年、日野皓正quintet Live(六本木アルフィ)にゲスト出演。東京藝術大学付属高校を経て同大学打楽器科へ進学。在学中よりファーストコール・ドラマーとして数々のバンドのレコーディング、ライブに参加。
またアニメ「坂道のアポロン」では主人公・千太郎のドラムモーションと演奏を担当。2015年東京ジャズにおいては、沖野修也率いるKyoto Jazz Sextetにて出演し、リチャード・スペイヴン(ds)と披露したツイン・ドラム・ソロがテレビでもOAされ話題となっている。ジャズ演奏の傍ら今年藝大打楽器科を首席で卒業。ジャズ界&打楽器界の誰しもがその後の動向に注目する中、2015年初のフル・リーダー作「CLEANUP」をリリースする。

初代リーダー、故 見砂直照(みさご・ただあき)が1949年に結成。戦後の日本のラテン音楽界、またポピュラー界に多大なる影響を与え、30数年に渡り日本のラテンビッグバンドの王座に君臨した名門バンド。
日本においてのラテン音楽の普及はもとより、メキシコ、キューバ、ペルー、パナマの中南米やソビエト公演等の長期海外公演、文化庁主催の芸術祭(ポピュラー部門)にビッグバンドとして初参加するなど、未曾有な活動と功績は、1976年紫綬褒章、1982年キューバ共和国より文化勲章、1983年日本政府より勲四等旭日小綬賞など数々の賞を受賞した。通算300枚以上のアルバム(LPレコード)を発表という金字塔を達成したが、1980年に惜しまれつつ、その輝かしい活動に幕を閉じた。そしてその10年後に見砂直照も逝去する。
解散後も熱狂的なキューバンファンの声援を後押しに、2005年キューバ政府機関の招待によるキューバ公演を期に、子息である見砂和照(みさご・かずあき)が再結成を正式に表明。”新生”見砂和照と東京キューバンボーイズが誕生した。2014年結成65周年、2015年新生キューバン10周年を迎えた。

<official web site>
http://www.tokyocubanboys.com

RAG FAIRとINSPiのJazzコーラスフリークが意気投合し2010年結成。
5オクターブの音域を駆使した卓越したアカペラと、スリリングなアドリブを含んだステージングが持ち味の男性6人組。
デ ビュー直後から、Blue Note、Motion Blue等でLIVEを行う一方、FES等にも参加。2013年秋に開催された横浜ジャズプロムナードでは、入場規制がかかるほどの集客となり、その実力 はJazzファンだけでなく多くのリスナーの耳に届き始めている。

北海道出身、28歳。15歳の時、地元テレビに出演したことがきっかけで北海道内限定ミニアルバムを2作発表。道内だけで10,000枚を超える大ヒットを記録した。2008年2月に日本人としてはじめて、米・LAの黒人教会にて「奇跡の子」と称されるパフォーマンスを披露。“黒人教会220年の歴史を変えた!”と賞賛を受け、4月に「CHANGE」でメジャーデビュー。2009年1月に1stアルバム「RAINBOW」を発売。15万枚の大ヒットとなり、オリコン初登場2位をマーク。翌年2ndアルバム「Music is My Life」を発表し、2作連続オリコンベスト5を記録。
以降も、映画『沈まぬ太陽』や、『悪人』の主題歌に抜擢され、さらには、AI、三浦大知、和田アキ子、レオナ・ルイスなど、錚々たるシンガーとのコラボが次々と実現し、日本のソウルミュージックの新しい世代を牽引する存在として、その地位を確かなものとした。
また、SWEETBOXの6代目ボーカリストにアジア人として初めて抜擢され、リリースされたアルバム「#Z21」のタイトル曲「#Z21」がUKダンスチャートで1位を獲得するなど、世界を見据えた活躍が今後も期待される。
2015年12月には、2年半ぶりのオリジナル作品『Something New』をリリース。
2016年8月7日には、フィルハーモニー・ゴスペルクワイアとの、総勢300名とのシンフォニック・コンサートを、兵庫県立芸術文化センター大ホールにて開催。

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95 年のデビュー作『イマジン』以来、ライヴ盤、ベスト盤を含む23 枚のアルバムをはじめ、多くの作品をリリースしている。 存在感のあるヴォーカル・スタイルとディープ・ヴォイスが評判を呼び、共演したミュージシャンから「楽器と対等に渡り合える歌手」と絶賛され、その即興性と瞬発力にすぐれたパフォーマンスの評価は高い。01年、日産ステージアCMソング『ウィ・ウィル・ロック・ユー』の大ヒットで幅広いファンを獲得。 翌年に発表したベスト・アルバム『ヴォイセズ』は累計25 万枚のヒット作となった。03年、スイングジャーナル誌主催「日本ジャズメン読者人気投票」では女性ヴォーカル部門の第1 位(13年連続/通算15回)に加え、総合部門の頂点でもある「ジャズマン・オブ・ザ・イヤー」「アルバム・オブ・ザ・イヤー」の三冠の快挙を達成。アルバムデビュー10周年を迎えた05年には、長年の活動を支えてきたファンの声を反映したベスト盤、『ヴォイセズ・アゲイン』をリリース。12 年、国内外5人の男性ヴォーカリストとのデュエットで話題となった『ケイコ・リー・シングス・スーパー・スタンダーズ2』をリリース。その他CM 楽曲、TV ドラマ主題歌などオリジナルの作曲にも定評があり、また多重録音のヴォーカル・アレンジも自ら手掛ける等、多方面にて多彩な才能を発揮している。そして国内はもとより香港・台湾・韓国などアジア地域でも人気を博し、セールスも好調。実力・人気ともにNo.1 ジャズ・ ヴォーカリストとして国内外でその地位を確立している。2015年レコードデビュー20周年を迎え、記念アルバム『LOVE XX』を11月4日に発売。生誕100周年を迎えたビリー・ホリデイとのヴァーチャル・デュエットも収録され話題に。このアルバムはジャズ・ジャパン・アワード2015「アルバム・オブ・ザ・イヤー《ヴォーカル部門》」を受賞。

2001年にSONY MUSICよりデビュー、10年間在籍。現在までにSONY他から10枚のリーダー作品をリリース。2004年のカメルーン出身のベーシストリチャード・ボナとのレコーディングを契機に、独自の方法論による指弾きスタイルを確立。ここ数年は様々な国を旅して得た影響、ワールドミュージック要素を自分の音楽に採り入れながら、世界を繋ぐ創作活動を続ける。2010年フレンチカリビアンのミュージシャンとレコーディングした「Jam Ka」発売。グアドループの民族音楽グオッカの太鼓(ka)がフィーチャーされたこの作品で独自の世界感を展開。同年にBLUE NOTE NY & TOKYOでリリースライヴをおこなう。2014年、ワールドジャズをテーマに「GNJ」を発表。リーダー作以外のコラボレーション、セッションにも積極的に取り組み「トニーモナコ、小沼ようすけ&ジーンジャクソン」名義で活動するストレート・アヘッド・ジャズに現代性を加味したオルガンジャズトリオも高い評価を得ている。2016年、Flyway LABELを設立。第一弾作品としてパリで録音された「Jam Ka」の続編、 「Jam Ka Deux」をリリース。
GIBSON社、La Bella社エンドースメント・アーティスト。エレキギターの他にナイロン弦アコースティックギターも使用する。

<official web site>
www.YosukeOnuma.com

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10/9(日)Drummer 大隅寿男 ゲスト出演決定!

明治大学Big Sounds Society Orchestra(B.S.S.O.)は、明治大学軽音楽クラブ内のビッグバンドとして1961年に発足し、数多くのプロミュージシャンを輩出してきた。第10回記念の1日限りのスペシャルビッグバンドとして、B.S.S.O.出身ミュージシャンによる「お茶の水JAZZ祭の原点」とも言えるジャズサウンドをお届けする。

福井県芦原温泉出身。明治大学政治経済学部卒。
アートブレーキー&ジャズメッセンジャーズの来日公演(1961年)を観て感銘を受け、大学でジャズドラムを始める。

1969年、大学卒業後、プロドラマーとして活動を開始。
多くのミュージシャンとの共演で好評を得る。

1978年、大隅寿男トリオを結成。リーダーとして活動を開始。
国内外のアーティストと共演、アルバムレコーディングに数多く参加する。
また作曲家、宇崎竜童のレコーディングにも参加、共演も多い。

2005年1月、スイングジャーナル誌が主催する、
日本ジャズ界に最も貢献した人物に贈られる「第30回 南里文雄賞」を受賞する。
また、同誌の「日本ジャズメン読者人気投票」では、2006年より4年連続で「ドラム部門」で2位に選出されている。

これまでにポニーキャニオン/M&I MUSICからアルバム「ジュビレーション」(2002年)、「グレートフル」(2003年)、「リジョイス」(2004年)、「オンザロード」(2005年)、「ニューディール」(2007年)を意欲的に発表している。
2009年には、音楽生活40周年を迎えた記念盤として「Walk, Don’t Run」を発表。

2014年4月16日には、45周年アニバーサリーとして「Carry On」を発売、これまでに共演してきた、7人のピアニスト、3人のベーシストを迎え、自身の半生を振り返る。

スイングの明快さ・ビートの切れ味はもちろん、本人の温かい人柄は聴く人に感動を与え、 多くの熱い支持を得ている。